依存症の仲間と共に(まだ苦しんでいるアディクトに…)

依存症治療後からの日々の様子になります。

私が狂った理由と治療経過。

大好きなお義父さん 海のない国ベラルーシ

回復途上ですが

お義父さんとの関係はまぁまぁ^^;


お義父さんは変わって居ないと思います。

私が変わりました(^^)/


お義父さんは思った事をそのまま言うので

私は傷つく。悲しいです。


お義父さんが要らん事をすると

怒って暴れてぶん殴っていた私ですが


5年前に債務整理をして

世帯分離するために

私は入院しました。


入院して1日に4回だった服薬が

夕食後 寝る前の2回になりました。


ハヤシ先生に

(あれ?私薬少なくない?)


(解離していないでしょ?

何故だかわかる?

お義父さんと居ないからだよ。)


ほぉ 本人はよくわかりませんが

薬が減りました。


離れて暮らすことは不安でした。

8年暮らしました。

他人とこんなに長く暮らしたのは初めてでした。


母親とは15歳までしか暮らしてない。


たくさん揉めましたがお義父さんは私が

母にして欲しかった事をしてくれました。


養子縁組をする前にお義父さんは言いました。


(ちゃんとした教育を受けたら違う生き方が出来る。

家族の愛を知って欲しい。)


お金がないのに本だけは買い与えてくれました。(図書館と言う概念がありません)



今でも憎らしい事を言いますが

そんな時私は怒るのではなく


(傷ついた。悲しい。)

と言えるようになりました。


怒りは悲しみだと何かに書いてありました。


自分の怒り方が母と同じだと気づいた事を

ハヤシ先生に伝えると


(良く気づいたね。

それはあなたがお母さんの怒り方しか知らないからだよ。)


境界性パーソナリティ障害の私は

あの頃から強烈に怒る事はなくなりました。


パーソナリティ障害は精神病ではありません。

自分の性格上の問題です。

とても長い苦しみでした。


生きづらさから解放されました。


お義父さんとプログラムのお陰だと思います。




相変わらずちょいちょい出稼ぎに行ってます✈️






人が居ません(・_・;


誰ですか??




海のない国でお寿司



お義父さんは今でも私を

(子供ちゃん)と言います。


ACアダルトチルドレン

なのでずっと子供でいたいです。


お義父さんが私を養女にした歳を

私は越えました。

お義父さん凄いね。大人だね笑


お義父さんは

68歳になりました。

薄毛を気にしています。


長生きして欲しい。


若かったあの頃…

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